もっと話しておけばよかった

母方の祖母、祖父、父方の祖父を亡くしましたが、なんとも思いませんでした。自分で病気を悪化させて亡くなったり、老衰で亡くなったり、様々な理由での別れでした。小さい頃かなり世話にはなったと思いますが人間いつかはいなくなるものだし 、それほど親密だったわけでもなく、亡くなってしまったがほんの少し残念な程度で泣き出すほど悲しくもありませんでした。「もっとああしておけばよかった」とか「もっと会いに行けばよかった」とかそのような後悔も全くありませんでした。元々身内にすら希薄なタイプなのでそのように思ったのかもしれません。一番の原因は過去に見たある夢だと思います。その夢とは父方の祖父が亡くなるという夢でした。夢の中で「もっと話しておけばよかった、もっと親切にすればよかった」と思ったのですが、その夢を見た時自分は大学生で、祖父はすでに認知症に加えて介護が必要なレベルで、その夢を見たからといって自分ができることは何一つありませんでした。今から介護を手伝っても、祖父は何も感じないし何も覚えていてくれない。本当に自分が祖父にできることがなかったのです。それ以来、身内が亡くなっても葬儀中には少しの悲しみ、といってもその場の雰囲気に呑まれたような悲しみが一瞬あるだけであとは早く葬儀終わらないかな、火葬場での待ち時間暇だなー程度にしか思いませんでした。自分でも非情だと思います。でも人と親密な関係を望まない性格なので仕方ないのだと思っています。誰かがいなくなると安心します。ので父や母がなくなっても何の後悔も悲しみも抱かない、ただ葬儀が手間だなーくらいにしか感じないと思います。職場の人が急性の病気で亡くなったこともありましたが、やはりなんの悲しみもありませんでした。きっとずっとこんな感じにしか思わないのだと思います。しかし周りはそうは思わないので、周りの悲しんでいる人を刺激しないよう心がけ、葬儀でも冷静な自分だからこそできることをしました。おそらく自分のような性格のタイプは出会った時からいつ別れても心に響かないのだと思います。最初からお別れの準備ができているのです。自分でも良くない性格だとは思います。でもだからこそ一緒にいられる今を大事にして後悔のないよう、常に最善の対処を心がけています。自分だっていつ何が起きて死ぬのかわかりません。だからこそ常に後悔しないように最善を尽くしています。最善を尽くしすぎて自分のキャパシティを超えそうになって壊れかけそうにもなりますが、のちに後悔するかしないか、今できることはなんなのか、それを考えて行動するよう心がけていると気が楽になります。後悔も残りにくいです。これからもそのスタイルを貫くつもりです。

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