大好きな祖父

私の大好きな祖父が亡くなった時の話です。
母方の祖父母は隣の県に住んでおり、連休や長期休みのたびに泊まりに行っていました。いつも私と母を待ってくれていて、頑固で厳しいところもありましたが頼りになる祖父でした。
もともと消化器官が悪く、若い時から何度か入院していましたが80歳を過ぎたあたりで大腸がんを患ってしまいました。年齢のこともありましたが本人の希望で手術を行い、がんのほとんどを取り除きましたが完全に取れた保証はなく、在宅にて投薬での治療を続けることとなりました。退院してからは今までと変わりなく、車を運転して私を駅まで迎えに来てくれたり一緒に買い物に出かけるといった、がんを発症する前と変わらない生活を送っていました。
その生活は亡くなる3か月ほど前まで続いていましたが、急に体調が悪くなりベッドから起き上がれなくなってしまいました。今まで元気で何も変わりなく生活していたのに、ぐったりとして話すのもやっとになってしまった姿に驚き、悲しむばかりでした。基本的に祖母がつきっきりで看病していたのですが、祖母は祖父と同い年で高齢のため体力に限界があります。そのため近くに住んでいる叔父夫婦がこまめに手伝いに行き、母は仕事の合間を縫って月に1度は実家に帰って祖父の介護をしていました。そのような生活も長くは続かず、84歳を迎える前に祖父は亡くなってしまいました。本人の希望で、どんなに体調が悪化しても入院せず家で最期を迎えられたことは本当に良かったようでした。
小さいころからもう一人の父親のような存在で、常に私の見方でいてくれた祖父を失い、私はとても悲しみ落ち込みましたが、祖母が感じたことはその日ではなかったように思います。青春時代から一緒に過ごし、70年近く一緒に過ごしたパートナーを失ったのです。祖父の亡骸に涙を流しながら触れ、「本当に眠ってるみたいね…ねぇ、起きて」と声をかけていました。母は私の前では涙を流しませんでしたが、母もとても悲しかったと思います。祖父母の家で遺品整理が行われた後、祖母の一人暮らしが始まりました。
母はとても心配していたようですが、仕事をしている上に電車で片道2時間以上かかる場所であるため、こまめに祖母に会うことができません。週に1度は叔父が様子を見に行っているようでしたが、祖母は落ち込んでいる日々が続き、デイサービスやリハビリにもいかなくなってしまいました。少しでも祖母が一人でいる時間を減らそうと、今まで私と母は一緒に祖母の家に行っていましたが、わざと日程をずらして行くようにしました。泊まりに行くといつも夜遅くまで話し続け「修学旅行みたいだね、お前が来てくれるとよく眠れるよ」と喜んでいました。
祖父の死から3年が経ちますが、祖母は少しずつ元気になっているようです。私に子供が生まれ、ひ孫が増えたことで「ひ孫の成長が見たいから、まだ頑張って生きないとね」といった前向きな発言が増えました。祖父の死は、私・母・祖母の生活・精神に大きな影響を残しましたが、親戚みんなで祖母を支えていこうと思っています。

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